韓国人女性教授の韓流考察(3)前半 韓国のコンテンツが世界的にヒットした理由

韓流がこれほど成功した理由は何か? 文化産業への支援は他の多くの国でもしているのに、なぜ、韓国がこれほど成功したのか?

この点について、ホン・ソッキョン/ソウル大学教授(女 言論情報学科)が興味深い説明をしている。
第3回 韓国コンテンツが全世界に通じる理由は?

▼韓流は民主化を土台に成功
なぜ韓国なのかと言うと、80年代の民主化がとても重要だ。民主化を達成し、検閲がなくなった。表現の自由が生まれ、それまで抑えられていた文化的な渇望が1990年代に爆発的に湧き上がった。現在の基礎は90年代に作られた。70年代や80年代の韓国人は貧しくても、子供たちを一所懸命教育した。そして、教育を受けた国民の文化的渇望が民主化の上に沸き起こった。これが最も重要な要素。ただ韓国が経済政策と同じように文化政策にも熱心に取り組んだから韓流が成功したというわけではない。

▼全世界で通じる韓国コンテンツの「普遍性」
韓国は先進国と後進国の両方に、普遍的メッセージを伝えられる発信者の位置に到達したと思う。

先進国の人々は「寄生虫」や「イカゲーム」の内容の大胆さにとても驚いたことだろう。 なぜなら、西欧は私たちが「イカゲーム」で悽絶に批判した貧富の格差や階級社会の問題を韓国より遥かに先に経験した。そのような問題を解決するため、あるいはより小さくするために、社会保障制度など、さまざまな安全装置を作り出す時間がたくさんあった。それで、格差の問題などを知っていながらも、強く感じてはいなかった。批判したとしても他の代案があるわけでもなく、ただこの問題を抱えて生きている。だから、そのシステムの「外」を想像できない。

ところが、韓国はとても速く発展し、この問題の中に急激に進入して、貧富の格差を今まさに血が吹き出すような痛みをもって感じている。そして、それを表現する能力もある。それだけ韓国の文化産業は発展した。韓国人は高い教育を受けており、韓国の視聴者のレベルも高い。どんなに有名な人が作っても、うまく作れなかったら絶対に見てもらえない。韓国の大衆文化が今、このレベルに達したのは産業的成功というよりは、韓国社会全体の文化的遺産であり、私たち皆が一緒に成し遂げたことだ。韓国は先進国に対して、普遍的な話ができる主体になった。

後進国から見ても、韓国は同一視できる素材をたくさん持っている。これらの国には、貧富の格差よりもさらに酷いさまざまな問題を抱えている。民主化されていない国も多い。人種問題や複雑な歴史的問題を持っている国もある。これらの国から見ると、韓国は「50年前、30年前、10年前は自分たちと似ていたのに今はこんなに先進国になった国」なのである。 韓国は彼らと同じように植民地支配を受けたり、戦争も貧困の極みも経験した国で、そういう部分が日常にじみ出ている。 彼らが同一視するのに非常に良い素材を韓国はたくさん持っているのだ。

これはハリウッド映画や洗練された欧州文化、個人主義的な日本のコンテンツでは感じられない。韓国は両方の世界に通じる普遍的発信者になることのできる経験を持った国で、かつ、優れた作品を作る実力を持っている。

▼自信はいいが優越感は良くない
韓流の成功は本当に喜ばしいことだが、行き過ぎた「クッポン」(国+ヒロポンの合成語 愛国心で極度に陶酔した状態)にならないか心配な時もある。

韓国の大衆文化の中には、まだ非常に多くの問題がある。文化的優越感や他文化を排斥する雰囲気も感じられる。この問題は、韓国社会の問題でもある。韓国社会の人種差別やさまざまな問題が明らかになってきている。

韓国は大衆文化の成功で優越感を持ってはいけないが、自信は持たなければならない。なぜなら、誰でも到達できる結果ではないから。このように表現できる能力自体を誰もが持っているわけではない。韓国ドラマや映画は、どんなに下手でも、その下限ラインがとても上がっている。 本当にうまく作っており、人種問題、ジェンダー問題、人権問題など、韓国社会が持つあらゆる問題がその中に入っている。

▼自ら批判できるのが文化的力量
私たち自身に対し、誠実に解剖的なカメラを向けることができる能力が、私たちの文化的能力であるはず。それを隠して、能力が上がるわけではない。

最近、外交をされている方々の中には二重的な感情(優越感と劣等感)を持っている人もいるようだ。「イカゲーム」や「寄生虫」が見せる韓国の現実は、決して美しくない。風刺的、比喩的に見せてはいるが、多くの視聴者は比喩だけとは思っていない。外国人は「韓国人は本当にあんなふうに生きているの?」と否定的なイメージを持つかもしれない。しかし、自らをこのように批判的に見ることができる力量が真の文化的力量であり、この作品が認められる理由がまさにそのためだ。

韓流が成功したからと、優越感を持ってはならない。私たちの中にある人種主義的な悪魔をそのまま生かすことになる。これは、すでにKポップ文化の中で多く現われている。Kポップに人種主義的な境界のようなものが生まれ、非常にグローバル化しているにもかかわらず、アジア人でないと認められないとか、ある「位階」を作り出す傾向が見えている。産業従事者も受容者も皆注意をしなければならない。

それでも私はとても肯定的に見ている。ミスをしながらも前に進み、何を間違ったのか現場で学んでいくと思う。私は、Kポップのファン文化を観察している。目の前のことにだけ関心がありそうな若者たちが、ファンクラブの中で対話し、遠くにいるファンとケンカしたり、友達になったりしながら、コスモポリタン的な話題と向き合っている。学校でも学ぶことのできない大きな学習がそこで行われている。そのような面でも韓国は文化的に大きな役割を果たしている。
(ホン教授の話の要約はここまで)

先進国と後進国の両方の世界に通じる普遍的発信者…。なるほど、そういう位置が世界的に成功するための絶好のポジションだったのか。

しかし、Kポップに「人種主義的な境界のようなものが生まれ、アジア人でないと認められない」という状態になっているとは知らなかった。たしかにガールズグループを見ても、日本人、中国人、台湾人のメンバーはいても、白人や黒人は見当たらない。これは東アジア市場を意識してのことだと思っていたんだが、人種主義がからんでいたとは…。

大衆文化の成功で優越感を持ってはいけないが、自信は持たなければならない。

ホン教授のこの言葉。う~む、じつに韓国的な考え方だ。日本人の場合、たとえば日本のアニメ作品の世界的大ヒットを語るにしても、「優越感」とか「自信」だとか、そういう言葉は出てこないと思う。

※この回の記事は長くなったので、ここで分割。前半終了、後半へ


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