崔真実ミステリー(3)判決は無期も、減刑されて出所

12月23日午後2時過ぎ、忠清北道陰城の高速道路出入り口で警察官が、全鎔喆(チョン・ヨンチョル)が乗っているとみられる車両を発見した。検問のため近寄ると、車は急発進。警察の車両も後を追う。約2時間の追跡の末、逃走車は忠清北道鎮川郡のあるマンションの駐車場で発見された。人は乗っていなかった。警察は周辺を徹底的に捜索した。午後6時半過ぎ、逃げられないと悟った全が警察に電話をして、自首すると伝えた。まもなく全は、車を駐車した場所に現れ、逮捕された。

逃走車に乗っていたのは全だけはなかった。共犯の金英敏と2人の若い女性もいた。女性たちは12日夜、全と金が訪れた高級クラブのホステスで高額のチップを受け取り、一緒に江原道のスキー場に遊びに行く途中だった。警察は、この2人の女性も隠れていた知人宅で逮捕した。犯人隠匿および逃走幇助容疑だった。金も翌24日、ソウル瑞草警察署で自首した。

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全と金は裵昺洙(ペ・ビョンス)を殺害した後、京畿道加平郡雪岳面の山野に埋めた。2人の犯人は遺体を山野の小道まで車で運び、発見されにくそうな崖の下に捨てた。ここはこの年の夏、崔真実が出演したドラマの撮影場所だった。運転手をして、知っていた場所に遺体を遺棄したのだった。

警察は長時間かけて発見した遺体が損傷しないように細心の注意を払って引き上げたのだが、その姿は無残だった。裵は普段、家で着ていた運動着姿だった。真冬だったため遺体は完全に凍っており、目、鼻、唇など顔の随所がはれていて、誰なのか分からないほどだった。頭にもひどい打撲傷があり、腕も折れていた。首には線がくっきりした痕跡が残っていた。この遺体の状態から、12月11日の夜から12日の未明にかけて、何が起きたのか、見当がついた。

全と金は12月11日夜11時、裵昺洙の家に到着した。ベルを押したが応答がない。誰もいないことを確認した2人は、家の中に入って隠れて裵の帰宅を待った。30分後に裵が帰宅。2人は裵の頭を角材で殴って倒し、ナイフで脅して預金通帳と現金カードの在り処とパスワードを聞き出そうとした。裵は激しく抵抗した。全と金は裵を拷問し、ついに知りたい情報を吐かせた。2人は、欲しい物を奪うと、その場で裵昺洙を殺した。電線による絞殺だった。

殺害した理由は、恐怖だった。自分を知っている裵昺洙による警察への通報、そして復讐を恐れたという。

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1995年6月、全と金は無期懲役刑を受けた。彼らは控訴したが、10月の控訴審で最終的に無期懲役刑が確定した。

崔真実は裁判で証人として出廷した。殺害の動機を知るために重要な証人だった。崔真実は証言に消極的で、裁判所が拘引するまで出廷しなかった。崔真実は裁判所で約20分、非公開で証言し、「裵昺洙は(全鎔喆に対して)ひどいことをしたことはあるが、殺人にまでつながるようなことではなかった」と話した。

全鎔喆は収監された後、一部の政治家や報道機関に対し、「真実を明らかにする」とする手紙を送り、一部メディアなどは刑務所内でのインタビューまで行った。94年12月以来8年間、多くのメディアに「残念なことがある」という曖昧な表現を記した手紙だけを送ってきた。2002年11月頃、記者に実名を挙げてその「残念なこと」の中身を刑務所内のインタビューを通じて話し始めた。02年11月18日に、春川地方検察庁原州支庁で、この点について取り調べを受けたこともある。

全はその後、模範囚と認められた。刑期も20年に減刑され、2015年に出所した。金英敏は今も釜山刑務所に収監されている。

08年に崔真実が亡くなった時、全鎔喆は「とても悲しかった。彼女と働いていた時が一番、幸せだった」と話したという。

続く


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