崔真実ミステリー(2)動機はカネか、怨恨か

裵昺洙(ペ・ビョンス)は、崔真実と別れて1年ほど経ってから殺害された。殺害したのは全鎔喆(チョン・ヨンチョル 当時21)と、共犯の金英敏(キム・ヨンミン 当時23)。

全鎔喆は子役出身、92年の夏頃、MBCの収録現場で裵昺洙に会い、「芸能界で働きたい」と伝えた。裵は全の小柄な体格、柔和な顔立ち、善良そうに見える態度などを見て、女性の芸能人の担当に向いていると判断、崔真実のロードマネージャー(芸能人に同行して補佐し、車の運転から、連絡など、あらゆる雑用を担う下働き)とした。全は在職中、崔真実を「お姉さん」、彼女の母を「お母さん」と呼び、実の家族のように過ごしていたという。

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裵は個性が強く、激しい気性の男だった。周辺の人々との争いや衝突が絶えなかった。韓国芸能界の慣行に逆らい、同業者間の連帯を破っても平気な推進力の裏には、他人を無視し、見下す、唯我独尊の傲慢さが潜んでいた。裵の下で働く人々はひどい屈辱といじめに耐えなければならなかった。

崔真実はスター街道を駆けていく。何の問題もないようだったが、裵昺洙は次第に全鎔喆を過酷に扱うようになる。事務室、職員や芸能人の所持品から金品がなくなることが頻繁に発生するようになると、裵は全を疑い、全がささいなミスをしても多くの人が見ている前で厳しく叱責した。

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そして1994年1月、裵昺洙は全鎔喆を解雇した。全は裵を強く恨んだ。次の仕事のあてもなく、しばらくはぶらぶらしながら遊び、所持金が尽きるとクレジットカードで借金をした。また、芸能界に戻って働きたいという思いが生まれ、独立したマネージャーの道を模索して芸能界に出入りしていたところ、バッタリ遭った裵に「おまえにはマネージャーになる資格はない」と言われた。この言葉に、全は裵への反感と憎悪をさらに強めた。

94年10月、1000万ウォンを超える借金を作った全鎔喆はソウル市内のゲームセンターで金英敏と知り合う。金英敏は窃盗など前科5犯の不良だった。全は金に、カネを稼ぐ手荒な計画を持ちかける。全は裵昺洙がカネをたくさん持っていることを知っていた。金はこの話に乗った。2人は犯罪に必要な道具や車を用意し、12月11日夜11時、裵の自宅を訪れた。

1994年12月12日、裵昺洙が行方不明になった。突然、裵と連絡が取れなくなり、芸能界の一部は大混乱に陥った。今とは違い、スマートフォンもなく、GPSはもちろん、監視カメラも珍しい時代だった。裵の家族は人づてに彼を捜したが、見つからず、12月20日、兄が警察に失踪届を出した。警察は速やかに捜査した。集中的に調べたのは自宅だった。そこには激しく争った痕跡があり、血痕も発見された。警察は殺人や拉致などを念頭に捜査した。もし、凶悪事件だった場合、強盗の仕業なのか、それとも怨恨に犯行なのか、あるいはそれ以外の動機によるのか…。

事件解決の端緒は意外と早く見つかった。裵昺洙の名義の銀行口座を調べたところ、裵が行方不明になったと推定される12日から数日間、ソウルや釜山などのATMで、誰かが裵の口座から計3820万ウォンという大金を引き出していたのだ。一部のATMには監視カメラが設置されていた。預金を引き出したのは20代前半くらいの男で、女性のように長い髪だった36歳の裵とはまったく違う人物だった。

この男の映像から、警察は、全鎔喆を重要な容疑者と見るようになった。全も、裵と共に行方が分からなくなり連絡がつかなくなっていた。警察は直ちに全を指名手配した。カネを引き出したATMは、ソウルから釜山に至る高速道路のサービスエリアに集中していた。そこで、高速道路のすべてのサービスエリアと出入り口に刑事たちを配置した。周辺への聞き込み捜査で、全が使っている車両を特定した。

続く
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